2 暗黒ライトノベルの個人的な定義 by 浅井ラボ
発売日なのでコラムを書くのじゃよ〜、なるべくなら作品に関係することなんじゃよ〜というミッションが下りました。あそこら辺から(指を回しつつ)コラムを書くのはいいのですが「作品に関係あることを話すのだけは勘弁な」と特攻野郎なコングなら言うところです。まぁそうもいかないのが渡世の義理ってやつですね。
で、世には暗黒ライトノベルとやらがあるそうです。血と殺人と裏切りの物語らしいです。いちおう私が元祖と言われているらしいです(※編集部注:Wikipwdeiaにも載っていました)定義してみろと言われたので、してみましょう。まぁ裸足で靴を履くおっさんが言う「不倫は文化だ」に近い妄言だと思ってもらえればいいですかね。
暗黒ライトノベルの実質はよく知らないのですが、主観的にも客観的にも単にノワールやダークファンタジー小説の伝統に沿っただけで、しかもいまだ認知されない継子であるだろうと思っています。
一般的には本家のノワールは、J・エルロイやJ・トンプスンやJ・ケッチャム、ダークファンタジーでいえば、ステファン・ドナルドソンやジョージ・R・R・マーティンなどが有名どころでしょう。
だとすると、継子より本家のノワールやダークファンタジーとはなにかを考えたほうが早いかと思います。
古典的ミステリーに代表される古いシステムの物語は、各種の変革が終わった平穏な時代の感覚で書かれています。物語的には事件が解明され、犯人が捕まり大団円となって回復されるのは、勧善懲悪や因果応報といった既存の秩序への復旧システムです。
ノワールは平穏な時代から変遷が起こったとき、既存の倫理と道徳、秩序が通じなくなったことに疑問を呈するスタイルでしょう。これは各種の時代で繰りかえされてきた流れだと思われます。
古典的な作りの話は一読すれば終わります。「フィクションはフィクション」という繰りかえされた言葉があるように、または本の役目の一側面である単なるヒマつぶしのためのシステムです。
一方でノワールは読後から始まるかと思われます。陰惨な事件や救いのない主人公が、また現実の自分を含む人間の内部にあることに気づかせるからでしょう。
自分が教えこまれ信じた倫理や道徳、諸価値観が転回し、不安と焦燥感に襲われる。個人的にはその感覚がノワールの正体ではないかと推測しています。
また、ノワール、引いては暗黒ライトノベルなる継子を定義するなら、この読後感、考えさせる一点があるかどうかではないでしょうか。言い換えるなら、仮想世界の仮想人物の仮想の物語であっても「現実(社会を含む総体としての世界)はたしかにそうである」という納得感だと言ってもいいのではないでしょうか。 世界を理解したいという感覚のおそろしく素朴な延長でしょう。
人がいくら残酷に死のうと、裏切りと憎悪と殺意があろうと、いわゆる安っぽい言葉である欝展開があろうと、読後の読者、その思考や現実の捉え方になにも干渉しない作品は範囲には含まれないないと思います。それは古い物語の変奏曲か別のカテゴリに入るものだと個人的には考えています。
そういう定義においては、明るく元気であることが求められるライトノベルというジャンルで、ほぼ誰も追随しないおそろしく寂しいジャンルではありますが。
ジョージ・シュタイナーは不朽の文学作品、いやまともな物語は「人間の条件にある主たる普遍の葛藤のすべて」を描いていると述べました。
進化心理学者のS・ピンカーによれば「賢明な人たちは、最後に問題がすべて解決されてみんながしあわせになるような、楽天的なコメディや甘ったるいロマンスを冷笑する。人生はそんなものではないと私たちは知っているし、芸術に目を向けるのは、人間の条件の苦しいジレンマについて何かを知るためである」と言いました。
だとすれば、ノワールやダークファンタジー、その継子である暗黒ライトノベルは、格好をつけるなら、むしろ現実を、その可能性を描こうとした正統的な物語の嫡子ではないでしょうか。
聖書にある「あなたたちは真理を知り、真理はあなたたちを自由にする」という言葉から改変され、国立国会図書館に掲げられた標語「真理は我らを自由にする」に従えば、人間存在の真理をあきらかにすることは、我らをより多く解きはなつものだと、私は考えています。
科学や芸術といった人類の諸文化は、そのためにあるんじゃないの〜とぼんやりと考えてもいるような気がしたようなしないような。
もちろん私の個人的な定義が他に通用する普遍的なものかは別の話です。自分が書いたことを自分で信じているかというと、さらにまた別の話です。
物語は、さらには暗黒ライトノベルなるものは、その手段の端にあるたかが一つにすぎないと思います。たかが、でもされど。
はい、そこで「されど罪人は竜と踊るDD」をよろしくお願いします、と綺麗につながりました。つながっていないような気がしても、気にしない気にしない。細かいことを気にするとモテませんぜ。